2015年6月30日火曜日

総期待値を2110年まで展望する !

今後の日本では、私たちが到達した1億2800万人という人口容量を、減っていく人口で巧みに利用しなければならなりません。

人口が減れば、1人当たりの容量は拡大してきますから、この利点をうまく利用する方向を探すことが必要なのです。

そこで、人口と総期待値が今後、どのように変わっていくのか、2015~2110年の展望をおおまかに描いてみましょう。前提は次の3つです。

①人口予測値は、国立社会保障・人口問題研究所の2012年推計のうち、もっとも低いケース(低位値)を採ります。最も低く推移した場合でも、総期待肥大値がどこまで増えていくのかを知るためです。

②年齢別の期待肥大値は、それぞれの生まれた年の総人口が人口容量(戦前は7500万人、戦後は1億2800万人)に対する割合です。数字が大きいほど、期待が高いことを示しています。

③各年の総期待肥大値(=総期待値)は、上記の低位推計値の年齢別人口と、年齢別の期待肥大値を掛け合わせ、すべてを合計した数値です。

これをグラフ化したものが下図です。





 

この図から、次のような指摘ができます。

①総期待肥大値は、1960年代に1億2800万人ラインを超えた後、どんどん膨れ上がって、1990~2000年には1億5~6千万人台にまで上昇しました。

②しかし、2008年以降、人口減少に伴って、総期待肥大値も低下しはじめます。しかし、各年齢別の期待肥大値がまだまだ高いものですから、しばらくの間、人口に対応する動きは出てきません。

③2030年代に至って、総期待肥大値が1億2800万人ラインを割るところまで低下してくると、ようやく人口容量には本質的なゆとりが生まれてくることが予想できます。

このゆとりが出生率と死亡率に影響し、前者は上昇、後者は低下へと移行させることができれば、総人口を再び増加へ転じさせる可能性が生まれてきます。

2015年6月26日金曜日

総期待値が1億2800万人ラインを超えた時

期待肥大値の総量は、これまでどのように推移してきたのでしょうか。

各年の年齢別人口に年齢別期待肥大値を掛け合わせたうえで、全体を集計すると、全国民の総期待肥大値(以下、総期待値が年毎に推計できます。

1920年代から現在に至る、この数値の推移をグラフ化してみると、下図のようになります。



総期待値は、終戦前後にやや落ちていますが、その後は急上昇して、人口に先だって1960年前後に1億2800万人のラインを超えています。これによって、何が起こったのでしょう。

上の方の普通出生率をみると、1970年にかけて多少上がっていますが、これはいわゆるベビーブーマー2世の人たちが生まれた結果であり、それが終わると急速に下がっています。下の普通死亡率の方も1960~70年あたりまでが底のようで、80年代からは徐々に上がり始めています。

要するに、総期待値が1億2000万人を超えたあたりから、出生率は下がり、死亡率は上がるというトレンドが生まれていたものと思われます。

総期待値が上昇し、人口に先だって、人口容量の上限に近づいた結果、私たちの生活の中でさまざまな抑制装置が作動し始めたということです。

生理的な次元いえば、日本人全体の生殖能力が下がってきた。病気の増加や寿命の停滞、あるいは胎児や乳幼児の生存能力の衰退などが絡み合って、死亡数もまた増加してきました。

文化的な次元でも、直接的には妊娠を抑制する、出産を抑制する、あるいは自殺が増えてきました。間接的にも生活の圧迫、結婚の抑制、家族の縮小などで出生数が減ってきました。過食や飽食によって病気が増加し、生活習慣病も増えてきたという現象も目立ちました。


政策的な次元でいえば、今では行われなくなりましたが、かつて行われた産児制限の影響が、年齢構成の波となって、じわじわと響いてきているともいえるでしょう。老人ホームもまた、ある種の老人遺棄施設になってきているのではないでしょうか。

しかし、社会の構造は変わってきています。人口が増加する社会から、満杯の社会、そして減少する社会へ変わってきています。


次に何が起こるかといえば、満杯から減っていく方向へ動いていきます。

逆に言えば、少なくなった人間で、私たちの作り上げた1億2800万人という人口容量・・・今後は多少減ってくることもありえますが・・・この容量を巧みに利用できる社会になっていくはずです。 

2015年6月17日水曜日

現代日本の総期待肥大値を計る!

戦前生まれは7500万人の容量意識で生きてきた人々、戦後生まれは1億2800万人が生きられる社会を前提にして生きてきた人々、と仕分けたうえで、1人当たりの生きられる期待値(人口容量/出生年の総人口)を算出し、これを「期待肥大値」と名づけます。

例えば1880年生れの人は、総人口が3646万人でしたから、上限の7500万人まで 2.057倍生きられる可能性を持っていました。1930年生れの人は6445万人でしたから1.164倍は生きられるというわけです。

この期待肥大値を、戦前生まれと戦後生まれを比較すると、6月3日付けのブログの「出生年別の期待肥大値」で示したように、一人ひとりの期待肥大値には大きな差があることがわかります。


そこで、この出生年別の期待肥大値に、2015年の年齢構成を掛け合わせてみますと、2015年時点における「年齢別の期待肥大量」が下図のように浮かび上がってきます。

 これをみると、次のような点が指摘できます。

①およそ70代以上の世代では、年齢別人口と年齢別期待肥大値の間には大きな差はみられない

②70歳以下の、とりわけベビーブーマー世代から40代のベビーブーマー2世を経て30代中ほどまでは、年齢別人口に比較して、年齢別期待肥大値が大きく伸びている

③30歳以下の世代では、再び年齢別人口と年齢別期待肥大値の間に大きな差はみられなくなっている

とすれば、現代日本の総期待肥大値を押し上げているのは、30代中ほどから60代のベビーブーマー1世ということになるでしょう。

2015年6月3日水曜日

生活欲望の変化が人口に影響する!

人口抑制装置の作動を抑えるには、①人口容量を増やすか、あるいは②1人当たりの人口容量(=生息水準)を落とすか、の2つが基本的な選択肢です。

人口容量を増やすには、新たな文明の創造や導入をしなければなりませんが、それには少なくとも50~100年の時間が必要でしょう。

一方、1人当たりの生息水準を落とせば、それだけゆとりが出てきますから、全体の人口容量が変わらなくても、人口増加は可能です。


国民の誰もが現在よりも欲望(生活願望)を抑えることができれば、都会でも田舎でもまだまだ出生数は増えるはずです。夫婦の願望が低ければ、子どもを増やしても、さほど生息水準は変わりませんし、生まれてくる子どももまた高望みしなければ、さほどお金もかかりません。

とはいえ、こうした想定はまず無理でしょう。一旦享受した水準を低下させるとなると、かなりの抵抗があります。先見的な、一部の人たちが選択したとしても、その動きが大きく広がることはありえないでしょう。

そうなると、人口抑制装置の作動を停止させ、人口を再び増加へ転換することなどは、まずは不可能と思えてきます。

しかし、ここにきて、もう一つ、別の選択肢が見えてきます。それは、③の方向として、人口減少が進んでいく以上、人口容量を維持できさえすれば、容量にはゆとりが生まれてくるから、生活水準を落とさなくても、人口が増えるという可能性です。


 
果たして③の方向は実現できるのでしょうか? ミクロな予測は不可能ですので、よりマクロな視点に立って、以下では日本列島の将来人口を展望してみましょう。

これまでの日本は、人口容量が1億2800万人ぐらいまで伸びるという社会の中で、私たちの生活の枠組みも、あるいは国家経済の枠組みも、その全てが「成長・拡大」へと向かってきました。その中で、人口もまた、ある程度の増加を続けることができました。

しかし、人口容量の飽和した社会では、上限となる枠組みがもう伸びなくなっています。にもかかわらず、1970年代以降も人口は伸びてきました。人口が増えるだけでなく、1人1人の欲望もまた、過去の延長線上でとめどなく膨らんできました。

その結果、人口が増えたのと同時に、1人1人の欲望もまた非常に膨れ上がっています。そうした人々の集まる社会を、筆者は「自己肥大化社会」と名づけました。人口が満杯になっただけでなく、欲望もまた満杯になった社会という意味です。

ところが、状況が変わってきました。人口が急速に減ってきたからです。今後もなお自己肥大化が続くとしても、人口そのものは減っていきます。人口が減り、人口容量が一定であるとすれば、その分だけ余裕が生まれてきます。どうやら2010年代という時代には、私たちの生活感覚が「限界」から「余裕」へ、ちょうどその変曲点にさしかかっているのだ、と思います。

現代日本人の欲望状況をおおざっぱにグラフ化してみますと、下図になります。


戦前生まれの多くは、多分、その時の日本列島の限界であった「7500万人ぐらいまでは生きられる社会」、それが「俺の人生だなあ」と思っていたはずです。

ところが、戦後生まれはもっと欲望を伸ばしています。戦争に負けて、その後、ユニセフから緊急物資を援助してもらって、海外から食糧を持ってくればまだまだ生きられる、と気づきました。食べ物や生活資源などを輸入できれば、いくらでも生きられる。「1億人あるいは1億2000万人ぐらいは生きられる社会」を期待するようになりました。そうした意識を持った人々が、ほぼ1950年代から生まれてきました。

以上のような仮説に立つと、戦前生まれは7500万人ぐらいの容量意識で生きてきた人々、戦後生まれは1億から1億2000万人ぐらいは生きられる社会を前提にして生きてきた人々、と仕分けられるでしょう。

こうした容量意識を「期待肥大値」と名づけますと、これがこれからの人口推移に大きく影響してくると思います。